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空白の重み・・・北京的西瓜
ちょっと前の映画でも見てみようかな?
くらいの気持ちで、見てみた。
もたいさんが出てるし♪大林作品だし♪
そのくらいの気持ちで見たんだけど
映画本編と、それにまつわる現実とに
少し考えてしまった。

「北京的西瓜」 1989年 日本
              監督: 大林宣彦


北京的西瓜 デラックス版
北京的西瓜 デラックス版

小さな八百屋の夫婦(ベンガル・もたいまさこ)は
地域にしっかり根付いた、昔ながらの八百屋を営んでいる。
店の前の道は狭く、大きなトラックが通れば
離合するのにも一苦労しそうな。。でも、
ちんどんやさんが通ったりする一昔前の風景を持つ
そんな場所で、毎日にぎやかに野菜を売っていた。

そこに、中国からの留学生がくる。
野菜を買いたいようだが、高くて買えないという。
そして、八百屋の主人(ベンガル)と
中国人留学生たちとの交流が始まる。

全編コメディタッチなのかと、勝手に思っていたけど>汗
違っていた。
実話にもとずいて作られた、ドキュメントにとても近い映画だと思う。

続きは↓からどうぞ〜(ネタバレ注意です)

『一ヶ月8万円で暮らす中国人留学生を
援助し、サポートし続ける八百屋の主人。
そんなつもりはなかったのだけど
いつのまにか、留学生たちからは「お父さん」と呼ばれ
「困った時には、八百春のお父さんに相談しよう」と
慕われ、頼られる存在になっていく。
野菜をタダ同然で売ったり
空港の送迎をしたり
家で料理をもてなしたり

まわりから「中国病」とひやかされつつ
八百屋の主人は、自分の家庭や店を省みる事すら忘れ
留学生たちのために、援助し続ける・・・』

途中から、イライラしてきた>汗

国民性の違いなのだから、
留学生たちの行動うんぬんは置いといて
主人公の八百屋の主人が
「いいかっこし〜のおやじ」のように見えてきて
気分は、すっかり主人公の妻「もたいまさこ」と
同じになっていた。

「なんで、まわりは止めないんだろう」
「こんな旦那に、なんで文句を言わないんだろう」

そんな事ばかり考えながら見ていた。

他人のために、そこまでやる??
と、思ってしまう私は、小さい人間だと思う悲しい

でもね〜・・お店を奥さんにまかせっきりにして
あげくのはてには、お金を持ち出し
それを止められたら、店先の公衆電話の小銭まで
持ち出してしまったり・・
自分の息子の自転車を、留学生にあげたり
奥さんが大事にしていたペンダントまでも
故郷に帰る留学生に、おみやげとして持たせてしまう・・

コレ見て、腹立たしく思う私は変かな>汗

店は傾き、にぎやかだった以前のお店は
跡形もなくなくなり
税金が払えなくて、差し押さえにまであってしまって・・

八百屋の主人は
最初はめんどくさかったり
偽善的な部分が多かったのかもしれない。
でも・・
身上つぶしてまで、留学生にいれこめるっていうのは
最初は、なりゆきからだったにしても
普通の気持ちじゃできない事だと思う。
(だから、エライとはどうしても思えないけど・・>汗)
楽しくないと、人間は続けていけないと思うから
きっと、この人は、こうする事で
喜びを感じていたんだろうな〜と思うようになった。

海に遊びに行ったシーンで、
留学生たちと、楽しく歌い、語り合っている主人公とは別の場所で
おくさん(もたいまさこ)が、海にむかって立ち
ひとりジャンプを繰り返す。。。
あれね、何を意味しているのか、わからないけど
でも、なんだかわかる気がした。
何度も何度も、ジャンプする後姿がとても印象的だった。

『主人公が入院中、留学生たちは店を守ろうと
連日八百屋の手伝いに訪れる。』
・・このあたりから、見てる私の気持ちもなごんできたかな?

結局、主人公の「中国病」はずっと続き
来ては帰る留学生達の「日本のお父さん」として
交流し、助け続ける。。
そういう主人を、奥さんも理解しはじめる。。

そして、八百屋夫婦は、帰国した留学生たちに
中国に招待される事になるのだけど・・・

きっと、良い形でエンディングを迎えるんだろうな〜と
思っていたら・・・

それがそれが・・
長い空白があって、いきなり
八百屋の主人は、ベンガルになってしまうのです。
劇中劇?なんだかよくわからないけど
俳優ベンガルとして、中国での撮影予定が
ダメになってしまい、日本で撮影している事などを語りだし
今までの映画本編とはガラリと違った
進行の仕方をしていくのです。

「何?何?」

予備知識がなかったので、びっくりしました。

映画の中では「中国ロケが中止になった」としか言わないので
よくわからないまま、見続けた感じでした。

でも、後でDVDに収録されていたディレクターズトークを
見たら、事情がわかりました。

この映画の撮影中、1989年に「天安門事件」が起こり
その影響で、中国ロケを断念し、
ああいう作りにしてしまったと・・・

予定されていた中国ロケがダメになったとしても
そのまま日本でも撮影できたと思うけど
あえて、そうせずに、こういう作りにしたのは
監督の考えあっての事だったそうです。

「この映画は正直にとろう」

たしかに、この映画は正直だった。。。

セリフなんて、みんな重なって
誰が何言ってるかわからないし
うるさいし、にぎやかだし(笑)
その頃の風景や、雑音までも正直に撮ろうろしていたのだから
事件によって緊張に包まれた北京でのロケは
適当ではないという判断は、よかったのかもしれないなぁ。

でも、残念だ。。。
やっぱり、きちんとした流れの結末を見たかった・・・

映画の中で、その時代の現実を見せられた・・
そんな気持ちになった結末でした。

実際の、八百屋さんのご夫妻は、天安門事件の2年前
1987年に北京で、留学生との再会を果されたようです。

「現実は時として映画より強い」

とても印象的な一言となりました。
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